【平安時代、12世紀】25.9×19.9×9.0cm(高さ×胴経×底経)
肩から胴部にかけて三本の線がめぐることから三筋壺と呼ばれており、経巻埋納容器(きょうかんまいのうようき)や蔵骨器(ぞうこつき)として経塚や墳墓からの出土例が多くあります。
越前焼として複線の三筋壺は、今のところ本品しかなく非常に珍しいものです。
【鎌倉時代、13世紀】42.5×38.5×14.3cm(高さ×胴経×底経)
よく焼きしまった赤肌に、口縁(こうえん)から肩にかかった濃緑の自然釉(しぜんゆう)が滝のように流れていく美しさから、越前焼の鎌倉時代代表作としてあげられることが多い壺です。
蔵骨器(ぞうこつき)として使われていました。
小さくしまった頸部や口縁部の造りと、肩に窯印「十」が刻まれているところに越前焼の特徴がみられます。
【鎌倉時代、14世紀】7.7×13.6×9.5cm(高さ×胴経×底経)
自然釉(しぜんゆう)の状態から、窯のほぼ中央で焼成されましたが、何らかの事情で窯の焚口近くに置き忘れられたものです。口縁部の一端を片口状に作っていることから油壺として作成されたものと思われます。
【鎌倉時代、14世紀】12.6×28.0×12.9cm(高さ×胴経×底経)
越前焼といえば甕(かめ)・壺・すり鉢が代表としてあげられますが、こねる・混ぜるなど万能の調理具として使用頻度の高いすり鉢で鎌倉時代のものが保存されていることは少ないです。
【室町時代、16世紀】33.3×29.2×15.2cm(高さ×胴経×底経)
越前地方特有の縦につけられた耳が欠損しているのが残念ですが、煮え立つマグマが横にたなびいていくような自然釉(しぜんゆう)の景色が、器に動きを感じさせてくれています。
【室町時代、16世紀】11.0×11.9×8.5cm(高さ×胴経×底経)
最大径が全体の上部にあり、耳が縦付け(欠損のため跡のみ)になっているなど、古い小型双耳壺の特徴がよく出ています。お歯黒壺(おはぐろつぼ)として使用されることが多いものですが、これは肩に「朱」が付着していることから蔵骨器(ぞうこつき)として使用されていた可能性があります。
【室町時代、16世紀】25.0×22.6×14.2cm(高さ×胴経×底経)
口縁(こうえん)の一端を外側へ押し出して片口状に作りだしています。この形状が鳥のくちばしに見えることから鳶口壺(とびぐちつぼ)と呼ぶこともあります。
【江戸時代、17世紀】13.5×11.6×9.0cm(高さ×胴経×底経)
耳が横付けになり全体に釉薬(ゆうやく)が施された典型的な近世のお歯黒壺です。片口状の注ぎ口がつき、実用としてもすぐれた造形になっています。
【江戸時代、18世紀】25.0×21.0×18.0cm(高さ×胴経×底経)
船の中でも動かないような重厚な作りから船徳利と呼ばれるようになりました。鬼の金棒のようであることから鬼板(おにいた)と呼ばれた褐鉄鉱(かつてつこう)を化粧に使い、その上から藁灰釉(わらばいゆう)をかけられた様子は実用だけでなく素朴な美しさが感じられます。
【江戸時代、19世紀】23.2×35.0×25.5cm(高さ×胴経×底経)
淡い緑色で透明感の高い御深井釉(おふけぐすり)を使ったろくろ挽き成形の製品です。天保年間(1830~1843)に瀬戸地方から連房式(れんぽうしき)登り窯が伝わり、その影響を受けて江戸時代末期に生まれた新しい器種です。
【江戸時代、19世紀】52.0×50.0×19.3cm(高さ×胴経×底経)
越前焼は「ねじ立て」と呼ばれる独特の技法で大型の壺や甕を作成するのを得意としています。水野九右衛門先生の家で長年水甕として使用されていたものですが、剥落しやすい藁灰釉が美しく残っている逸品です。





